boban10ban’s diary

ごく普通の40歳のサラリーマンが、日々のあれこれをつぶやいております。

キックボクシング始めました

 今日の休みを利用して生まれて初めてキックボクシングを体験しに行きました。そして早速入会してきました。
 
  キックボクシングを始めようと思ったのは遡ること2年前。福岡に転勤になると決まり、これを機に何か始めようかと考えていました。色々模索したいる中でたまたま見つけたに過ぎないキックボクシングでした。
 ジムのお兄さん達にも聞かれたのですが
「何でキックボクシング始めようと思ったのですか?」


 今までの人生で、人に本気で殴られたりまた人を殴ったり、そんなことをしてきたことがなかったのです。男子にありがちな喧嘩というものを経験せず大人になってしまいました。だからなのか、人と議論するにしても必ず僕が折れる。やりたい事を前にしても「事なかれ主義」で過ごしてきた。自分をセーブしたりやりたい事を我慢したり、そうやって人間関係をやりくりしてきたわけです。それに対する反省がありました。
 おかげさまで街に出ても誰にも絡まれることもなく、また積極的に揉め事に割って入るようなこともせず、平々凡々と暮らすことができました。
 しかし、今となっては「人に食ってかかる」ということが怖くなってしまったのです。仕事をしていくとどうしても通さなければならない筋だったり、時に得意先の不義理な対応だったりに対し、強くこちらの主張を述べなければならない時があるのです。そんな時人と争う事を避ける術は持ち合わせていても、議論を戦わすこともできない自分になってしまっていました。
  離婚の原因も似たようなもんでした。元妻の僕に対する不愉快な言動に対しなーなーで対応しておきながら、本心は全く納得できなくて、そういう消化不良の火種を抱える不健全な状態でした。本当は本気でぶつかって喧嘩して泣いたり怒鳴ったり、そうやってお互いの気持ちを徐々に推し量れるようになるのかもしれません。いわゆる綺麗事で済まそうとしている。そういう僕の生き方でした。
  
  その背景には、人と喧嘩になるとその後どうなるのかわからないという「恐怖」が僕を支配していると思いました。

人に対する恐怖

  それを克服すべく、まずは本気で殴りかかってくる相手に対峙して、感じる恐怖を克服することから始めようと思ったのです。試合なんかできるようになったとして、もしかしたら失禁するかもしれません。そういう事をひっくるめてまずは僕が恐怖を感じる場面を自ら積極的に作り出し、僕のその見えない恐怖というやつがどの程度のものなのか見極めようと。そういうことなのです。
 殴られた上での、痛かったという経験から生まれた恐怖なら積極的に回避したらいいと思いますが、殴られたことのない恐怖とは、いわれのない恐怖です。オバケと一緒です。ないかもしれない存在に恐れてジタバタするのはおかしいと思います。

と、そんな長い講釈をキックボクシングジムのお兄さん達に伝えるわけにもいかず
「人と殴り合いがしたい」
などと言ってしまい、39歳のおっさんがなんか変なことを言っているという目で見られてしまいました。

  人と試合をするにはそれなりの技術を習得しないことには始まらないので、まずは一生懸命練習に励みたいと思います。